番外
「全然足りねぇじゃねぇかよ」
「舐めてんのか、コラ」
蹴り。
「あうっ」
薄暗い場所で男子生徒5人に囲まれて睨みつけられ、ガクガク震えている少年。
「正治。おめぇ俺らに逆らうのかオラ!」
殴る蹴る。
明らかにこれは陰湿な‘いじめ’というものである。
「今度までにもっと持ってきやがれ。そうでないと……」
正治は力なくズキズキ痛む体を引きずり帰途に着く。
奴らのいじめが始まってかれこれ半年近くになろうか。今でも日に日にひどさを増していく。
辛すぎる。もう何度自殺を考えては思い留まったことか。もはや死ぬしか道は無いかに思えた。
奴らの仕返しを恐れて、両親にもこのことを言えない。
自分のクラスの担任教師はこの事態に気付いているだろうが、いい加減な性格でそ知らぬフリを決め込まれている。
他の友人達も、奴らの復讐を恐れてか見て見ぬフリをしている。もはや八方塞だった。
(やっぱり、もう、これしか……)
そして、ビルの上から身を投げた。
「う、あ……」
気がつくと、空と人の顔が見えた。
「気がついたか」
まだぼんやりとする頭で覗き込んでくる人の顔を認識する。
「全く外傷は無い。もう少し休めば、頭も冷えるだろう」
その顔は整った顔立ちの美女であった。かなり若そうだが、長くて白い髪が見える。これが彼女の地毛なのだろう。
そのツリ気味の双眸には確固たる決意がみなぎっている、今の正治とは対称的な表情だ。
「あ、あなたは?」
かろうじて言葉を発する。
「お前を助けた者だ」
そっけなく答える。
「どうして……」
「とにかく、今は休め」
それからどれほどの時間が経ったのだろう。それ程経過してないと思われたのだが、結果として1時間はそのままの状態で眠っていたようだ。その白髪(しろがみ)の女性に膝枕してもらって。
起き上がったとき辺りを見回すと、そこは静かな川辺のベンチの上だった。
正治はしばらく女性と共に透き通るような青空を眺めていたが、やがて切り出す。
「どうして、僕なんかを助けたんですか」
恨むように言った彼を、彼女は責めるような鋭い視線で射抜く。
「愚問だな。助けたかったから助けた。それだけだ」
正治より少し上ぐらいの年齢に見える女性は、空を見上げたまま答えた。またもやそっけない返事。
「余計なお世話です。やっと、やっと苦しみから解放されるかと思ったのに……」
それを言った途端、正治は身の毛もよだつような悪寒に苛まれた。その冷気のようなものの発生源。それはまさしく、その女性から発せられているものだと何となく直感する。
「愚かな。お前のような独りよがりには飽き飽きする」
正治の方を見もせずに毒づく。
「あなたは知らないんです。僕が毎日のように地獄のような日々を送っているってことを」
悲痛な面持ちで言葉を吐き出す正治。
「いじめと言うのも安っぽいくらいのことをされているんです。もう、あいつらに渡せるお金も底を付いて…」
そこまで言うと、いったん黙り込む。
しばらくの沈黙。女性がおもむろに彼の手を握る。たじろぐ正治に構わず、彼の思考を読み取るような表情。あくまで視線は宙を見据えているが。
「この物質的には豊かで恵まれた国にいて地獄か。確かに、貴様も地獄なのかもしれんが。この世にはお前の比でない不幸を背負った者も無数に存在する」
そして咎めるような口調が、正治の胸をズキリと痛ませる。
「そんなこと―――」
「それでも―――」
僕には関係ないと言おうとしたのを遮られる。
「それでも、どんなに辛い状況下でも幸せに暮らしている者も大勢いる。お前も……」
そこに来てやっと女性は政治の瞳を覗き込むような視線を向ける。
「幸福になれぬはずがない」
彼女がわずかに微笑んだように見えた。
正治の胸が、今度はドキリと一瞬跳ね上がった。
「お前にもあったはずだ。幸せだった頃が。それを思い出せ。この世もまだまだ捨てたものではないぞ」
………綺麗だ。
「どうしても死にたいというのなら、もう止めはしない。だが、自ら終わりを決め込む前に、せめて死ぬ気で闘ったらどうだ。野たれ死ぬのも、闘って殺されるのも、大した違いはない」
いつの間にか頷いていた。
そうだ。このまま死んでしまったら、あいつらの思うツボだ。だったら、その前に一矢でも報いてやればいい。そう思うようになっていた。
意外にあっさりと迷いは晴れた。戦おう。
「忠告しておく。単に‘戦う’のではない。これは自分との、そして堕落した者の心との‘闘い’だ」
真摯な瞳を女性は向けてくる。
「復讐鬼にはなるな。戦闘狂にもなるな。それは非生産的な方法だ。人類はそうやって愚かな戦いの歴史を繰り返してきた。ある動物には、相手が死ぬまで戦闘をやめないものもいる。人間はそうあってはならない」
いつしか女性は優しい目になっていた。
「どうしても勝てないようなら、逃げてもいい。逃げることは恥でもないし、負けでもない」
彼女はそっと彼の左頬に右手を添えてきた。
「健闘を祈る」
気が付くと、彼女の姿は消えていた。あれは幻だったのか?
しばし唖然とする正治であったが、次の瞬間、決意したように空を見上げた。
数日後。
「ぐあっ」
正治が勢いよく倒れ込む。
「俺らにやる金はねぇだって!?」
「なに俺らの言うことに逆らってんだ、アア?」
「もっと伸してやらねぇとわかんねぇようだなっ!」
「ぐっ」
すでに全身傷と汚れだらけの正治に蹴りが入り、唾が吐きかけられる。
今回は最初から正治を狙って絡まれたものではなかった。正治以外にもいじめを受けている同級生がいたのだ。政治はその現場を偶然にも目撃してしまった。
しかし、もう正治は逃げなかった。その同級生を救うべく立ち向かっていった。同級生は一目散に逃げていった。残された正治はその身代わりとなってボコボコに殴られる。
「ところで最近よぉ、妙にセンコーどもがうっせぇんだよな」
「うぜぇったらありゃしねぇ」
「おめぇ、誰かにチクったんじゃねぇのか」
「誰に言った。言わねぇと、オラ、殺すぞ、ああ?」
胸倉をつかまれる。
「もう一発キツいのをかましてやれ」
「おうよ」
相手は拳を振り上げる。指に金具が付いているのがチラッと見えた。今殴られたらかなり痛そうだ。覚悟をして強く目を閉じる。
「このおっ―――」
ボン!
「あぎゃああああ!?」
その絶叫に正治は思わず目を見開く。
今まさに正治を殴りつけようとしていた拳が、血まみれになってあり得ない方向に捻じ曲がっているという光景が目に入ってきた。
「ぐお、ぐお、ぐおおぉぉーーー!?」
拳を砕かれた野郎は、地面を転げ回る。
「な、なんだぁ? お、おぐおおお!?」
いじめ集団の別の1人もまた、のた打ち回り出す。両の脚が曲がってはいけない方向に曲がっていた。























































































































































































































































































