虹色の兄妹③
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1日が過ぎた。
少女は上機嫌で歩いている。一昨日、遂に大好きな人に告白しちゃった。キスまでしちゃって、もう夢のよう。だけど、夢なんかじゃない。あの唇の感覚は今でも鮮明に覚えている。
「芽吹さん……」
唇を指でなぞる。あの感触を思い出す度、頬が赤くなり、頭の中もピンク色に染まる。
「昨日は会えなかったけど、今日は素敵な日になりそうだなぁ」
待ち合わせの場所へと向かう。今朝、会いたいと彼から連絡があったのだ。
そのわずか数分後、少女――美奈は絶望へと突き落とされることになろうとは、夢にも思わなかった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
強い日差しの中、流れる雲が時折日陰を作る。少しばかりそよ風が吹き、この暑い日に味わう灼熱地獄を少しでもやわらげてくれている。
「ああ、アニキ、あぁ……」
人の来ない木陰で、芽吹と花美の兄妹は、愛を確かめ合う。
「んっ、んんん……」
チュパ、チュパと唇と唇の間から卑猥な音が響き渡る。グチュ、グチュと2人の下半身の方からも同じく――
「はぁ、はぁ、アニキ、ああ、声、出ちゃう……」
「ハナ、かわいいよ、ハナ」
木の幹にもたれた花美は、芽吹に両脚を開いた状態で持ち上げられている。芽吹が腰を動かすたび、音が響いて――
「人、来ちゃうよ……」
「ヘヘへ、スリルがあるだろ」
もう人に見られたってどうでもいい。見たければ見ればいいんだ。
「あっ、あっ、すごぉい、凄いよ。もう、もう、あぁ……」
木陰で涼しいとはいえ、暑い日にこんなことをしていたら余計に暑くなるのは当然。2人とも、もう体中汗だくだ。汗ばんだ肌同士が擦れあい、ますます快感が増していく。
「え? え?」
何。なんなの、コレ。嘘でしょ? 何か悪い夢か幻なんじゃ。そうだ、そうに決まっている。この暑さで頭がどうにかなったに違いない。
「あ…あ…アハハ……」
膝がガクガクしてきた。息もできない。何度も目を疑う。こんな光景を見るなんて、目が腐っているんじゃないだろうか?
「アハハハハ……」
空笑いが込み上げてくる。信じられない。何コレ。
「好きだ。好きだ、愛してる、ハナ、ハナッ!」
「アニキ、好き、好きぃっ!」
2人の身体がガクガクと震え、一瞬動きを止める。そして数秒後ようやく弛緩した。
「ハァ、ハァ……」
「はぁ、はぁ……」
2人は見つめあい、熱い眼差しで相手の存在を確かめ合っている。
「あ、あ、イヤ、いやあぁあっ!!」
「「!!」」
その声に、ようやく少女の存在に気付く芽吹と花美。
「み、美奈ちゃん!?」
我に帰ったように驚きに目を見張る芽吹。
「あ、芽吹さん、ハナちゃん……兄妹なのに……」
「美奈ちゃん、これは……」
弁解しようとする芽吹。しかし、花美が両手で芽吹の両頬を包み込むと、強引に自分の方へと向き直らせた。そして、濃厚な口付けを……
「ぷはっ。アニキ、ボクを抱いているのに、他の女の子のこと、考えるんだ」
「あ、そ、それは……」
オロオロと、美奈の方へと再び顔を向けると、涙を目にいっぱい溜めた美奈が体中を震わせて混乱状態に陥っていた。
「う、嘘ですよね。なにか悪い冗談なんですよね。ねぇ、嘘だって、これは夢だって言って!」
「見たまんま。紛れもない事実だよ」
妖艶な表情で色っぽく言ってみせる花美。
「ボクはアニキに抱かれた。アニキのオンナになったんだよ」
「――っ!!!」
声にならない悲鳴を上げ絶句する美奈。
「美奈ちゃん、その、落ち着いて」
落ち着くなんて無理だ。未だに芽吹と花美は繋がった状態なのだ。こんなのを見せ付けられて動揺しない奴の方が珍しい。ましてや、好きな人が別の女と、しかも兄妹で……。突然の修羅場に、芽吹自身もそんなことが判断できないくらい恐慌状態に陥っていた。
「イヤ、イヤ、もうワケ分かんない。いや、いやああぁぁーー!!」
美奈は踵を返すと、一目散に駆けていってしまった。
「み、美奈ちゃん――」
「ここでしたいって言ったのも、人に見られてもいいって言ったのも、アニキなんだからね」
「それはお前が誘惑してくるから――」
そこで芽吹ははたと気づく。ここに来たいと言ったのも花美だ。そして恐ろしい策略に思い当たってしまう。
「まさかお前、美奈ちゃんをここに呼び出してわざと――」
「さあ、どうなんだろうね。そうなのかも。そうじゃないのかも。えへへへ♪」
思わずギョッとする。悪びれた様子はまったくない。子どもの頃のように無邪気に笑う花美。しかし、この計算しつくされた策略。無邪気さという仮面を被った悪女がそこにいた。芽吹に悪寒が走る。初めて交わってからたった2日で、無垢で可愛いはずの妹はドロドロとした感情を心に巣食わせていた。
(美奈ちゃんに、謝らなきゃ!)
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
もう何も考えたくない。美奈は両手で口を押さえ、嗚咽を堪えながらただただ走る。
「う、うわああああ」
涙が後方へと流れていく。
(もう、いや。何も信じられない)
石につまずいた。転んだ。受身を取ることもなく、美奈は顔から地面に突っ込んだ。
「……」
そのまま動かない。動くのも億劫だ。
「ちょっ、美奈、大丈夫?」
聞き覚えのある声に顔を上げると、そこには美幸と雨子の心配そうな顔があった。
「うぐっ、おねえ、ちゃん……」
「どうしたの、酷い顔だよ。擦りむいちゃってる」
美幸がハンカチを取り出してそっと汚れと血を拭い取ってくれる。それでもまだ自分は酷い顔をしているに違いない。美奈はそう思った。
「いったい何があったんだい? おねーさん達に話してみな」
雨子が手を差し伸べてくる。
「お姉ちゃん、雨子さん……」
すべてを打ち明けて楽になってしまいたい。だけど、だけどこんなこと誰にも言えるわけがない。
「そういや、今日は芽吹と待ち合わせていたんじゃなかったっけ? なんだい、あいつに何かされたのか?」
「違う、違うの。私が悪いの。私が、私が――」
美奈には何の落ち度もない。しかし、気がついたらそう言っていた。もし本当のことを言ったら美幸のことだ。間違いなく怒り狂い、制裁と称して芽吹に危害を加えるであろう。美奈はそれを怖れた。こんなことで、こんなことで姉の手を汚させるなんてやってはいけない。
「大丈夫、私は大丈夫だから」
「ちょっと、全然大丈夫には見えないんだけど」
雨子も心配そうだ。下手をすると、雨子も巻き込むことになる。ダメだ。そんなのダメだ。傷つくのは自分1人で十分だ。
「いいから。いいからほっといて!」
美奈はサッと立ち上がると、美幸達が呼び止めるのも聞かず、脇目も振らず駆けていった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
芽吹は探し回る。美奈を探し回る。
(美奈ちゃん、どこいっちゃったんだ?)
美奈に会ったらなんて言おう。とにかく謝ろう。話はそれからだ。でも、どう謝ればいいのか……
「おい、芽吹」
呼び止められて振り返ると、そこには憮然とした表情の美幸と雨子がいた。
「美奈が泣いてどっかに走っていったぞ。ただ事じゃなかった。お前、何か知っているだろ?」
戦う美幸を何度か見たことがある。その口調や態度は、明らかに敵に対する威嚇そのものだった。
「いえ、その。分かりません。待ち合わせ場所に来ないもんだから、心配で……」
「ほう、本当だろうね」
鋭い視線が咄嗟に嘘をついた芽吹の心に突き刺さる。
「本当です」
目を逸らさず、はっきりと言う。しかし、恐怖のあまりちょっと声が震えてしまう。
「そうか、ならいい。だけどね――」
美幸は両手を芽吹の両肩に乗せ、強張った顔を芽吹の顔に近づける。その表情がより険しくなる。目が血走っている。
「もし美奈を泣かせたりしたらそのときは――」
ごくり。
「五体満足じゃいられなくなるからね」
去っていく美幸と雨子の後姿を見て、どっと力が抜ける芽吹。寿命が縮む思いだ。
(殺されても、文句言えないよな)
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
世界樹の下で。芽吹に告白した場所で。美奈はただただ泣き続ける。
「うっ、ううう……」
もう何も考えたくない。もう嫌だ。嫌だ、嫌だ。
「美奈ちゃん」
自分を呼ぶ声がした。美奈はその方を向く。目が涙でかすんで見えない。手を使って拭う。
「………」
今、もっとも会いたくない人物がそこにいた。
「ハナ、ちゃん」
親戚の子で、幼馴染でもある花美。小さい頃、よく一緒に遊んだ仲だ。男勝りでやんちゃでかっこいい。人懐っこくて悪戯っ子だが、正義感は強い。大好きな花美。だけど、今は――
「美奈ちゃん。ボクが憎い?」
「………」
美奈は何も答えない。答えられる精神状態じゃないのだ。
「そうだよね。ボクは美奈ちゃんの愛する人を奪った卑怯な泥棒ネコなんだ」
自嘲気味な笑みを、花美は携えていた。その表情は、心なしか泣いているようにも見えた。
「ずるいよね、ボクは。アニキの愛を独り占めしようとして、美奈ちゃんの心をズタズタにしちゃったんだ。酷いよね」
「やめて」
美奈は耳を塞ぐ。このままでは憎しみに支配されてしまう。自制心が壊れ、狂ってしまう。
「ボクは念願叶ってアニキのオンナになれた。だけど同時に、またアニキを失うことが怖くなった」
「聞きたくない」
「それでね、ふと思ったんだ。どうやらアニキの心には、まだ美奈ちゃんがいたんだよ」
「言わないで」
「だから美奈ちゃんを壊しちゃおうと思ったんだ。そうすればもう、アニキを奪う存在はいなくなるから」
「や、やめてよ……」
「自分でも驚いたよ。ボクの冷酷さに。こんな残酷なこと、思いついて実行しちゃうなんて」
「やめて!」
「アハハ。ボクはね、近いうちにきっとアニキの子どもを身篭る。もちろん産むよ。だって、ボク達の愛の結晶だもん」
「いやぁ……」
「きっと元気な子が産まれるよ。ボク達は家族を作って幸せになるんだ」
「ダメ、それ以上は……」
「今のボク、醜くて汚いよね。殺したいほど憎い?」
「や、やめ――」
「殺しちゃえば? そうすれば、アニキを奪い返せるよ」
「やめてぇ! やめてやめてやめてぇっ!! いやああああああああああああああーーー!!」
花美に飛び掛っていく美奈。しかし――
「!?」
花美の重力が、アークエンジェルの力が、美奈を束縛した。動けない。辛うじて指を動かせるが、肺も圧迫されているらしく息も苦しくて――
「っ~~~~~!?」
必死で息を吸おうとする唇を、花美の柔らかい唇が塞いだ。思わず目を閉じる美奈。体中が震え、力が抜けていく。
「これがアニキのファーストキスを奪った唇なんだね」
花美が美奈の唾液がついた自分の唇をぺろりと舐めた。美奈の意識はそこで途切れた。
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